記事:日常に潜む不適切ケアの芽。「虐待防止12のトレーニング」で振り返る介護の現場
📚 介護法規・制度 2026.08.24

記事:日常に潜む不適切ケアの芽。「虐待防止12のトレーニング」で振り返る介護の現場

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私たちのフロアに、一冊の冊子が届いた日のことを今でも覚えています。タイトルは「高齢者虐待防止のためのトレーニング」。最初は「自分は虐待なんてしていない」と半ば他人事のように思っていました。しかし、ページをめくるごとに「これは自分のことだ」と青ざめていきました。

この研修は、いわゆる「明らかな虐待行為」を扱うものではありません。日常の介護業務の中に潜む「不適切なケア(グレーゾーン)」を、12のテーマで徹底的に掘り下げたものです。施設の職員が研修後に書いた感想文集をもとに、その学びをここに共有します。

第1回:食事介助の落とし穴

食事介助において、一口の食事を入れるごとに「口の動き」「のどの動き(嚥下)」を確認し、飲み込みを確かめてから次の一口を運ぶことが基本です。しかし、忙しさから次の利用者への対応を優先し、口の中に食事が残ったまま次を押し込んでしまうことは「不適切なケア」であり、誤嚥(ごえん)事故に直結する危険行為です。また、食事の「姿勢(良肢位)」が時間とともに崩れてきたら適切に介助することも、誤嚥防止に極めて重要です。

第2回:「誘導」という業務用語を問い直す

私たちは普段、「〇〇様をトイレに誘導した」という言葉を当たり前のように使います。しかし、これは職員側の都合による言葉であり、利用者様が主体的に「行く」のではなく、職員が「連れて行く」という意識を植え付けてしまう側面があります。さらに「拒否」「外介助」「不穏」などの言葉も、すべて職員サイドからの一方的な評価です。記録を書く際には、利用者様本位の表現に読み替える意識が必要です。

第3回:心の距離とタイムアウト技術

どれだけ説得しても拒否される場面では、「時間を置く」「別の職員に交代してもらう」という「タイムアウト」が有効な技術です。これは逃げることではなく、感情的になることを防ぎ、利用者様と自分の双方を守るプロのスキルです。感情的になりそうになったら「受け止める・かわす・離れる」の三つの技術を磨くことが大切です。

第4回:事故報告と不明外傷への向き合い方

不明外傷(いつできたかわからないキズやあざ)は、ただ報告するだけで終わらせてはいけません。「いつ・どこで・どのような介助の時に起きたのか」を徹底的に記録し、フロア全体で原因を分析・情報共有することで、初めて再発防止につながります。記録の蓄積が「異常の早期発見」に直結します。

第5回:「急には止まれない」という感覚

利用者様からナースコールで呼ばれても、今まさにオムツ交換の最中だったり、食事介助の途中だったりすることは多くあります。「すぐに行けない」ことを利用者様にわかりやすく伝え(例:「2分後に必ず参ります」)、それを必ず守ることが信頼につながります。一度約束したのに来なかった経験が積み重なると、利用者様は「職員は来てくれない」という諦めと不信感を持つようになります。ナースコールは、利用者様の命綱です。

第6回:「寝たきり」から「座りきり」へ

「寝たきりはよくない」という認識は広まっていますが、「座りきり(長時間の車いす座位)」も同様に不適切だということは、意外と知られていません。座位保持能力には個人差があり、長時間無理に座らせ続けることは、臀部の痛みや褥瘡(じょくそう)の原因になります。その人のリズムと体調に合わせて、臥床(休養)と離床(活動)を適切に切り替えることが重要です。

第7回:言葉の暴力は見えない傷をつける

職員研修での最大の反響を呼んだテーマです。「さっき言ったでしょ!」「待ってて!(強い口調で)」「何でこぼすの!」…これらはすべて、言葉の暴力です。自分では意識せずに使っていた言葉が、利用者様の尊厳を深く傷つけている可能性があります。
介護現場で利用者様の耳に届くところで「おむつ」「拒否」など、本人が聞いて傷つくような業界用語を使うことも不適切です。「言葉は癒しにもなれば凶器にもなる」という認識を全職員が持つことが、言葉の暴力を防ぐ第一歩です。

第8回:ロックは無用(身体拘束の禁止)

センサーマットや離床センサーも、安易に使用すれば「身体拘束・行動制限」に該当する不適切なケアになりえます。「転倒防止のため」という意図があっても、その行為が利用者様の行動を制限しているなら、身体拘束禁止11項目に準じた検討が必要です。制限するのではなく、一緒に外に出るなど「利用者様の立場に立った代替案」を考えることが求められます。

第9回:オペラ座の怪人(声かけなき介助)

無言のまま介助を進める「サイレントケア」は、相手の恐怖心や羞恥心を無視した人権侵害になりえます。介助の前には必ず「〇〇しますね」と声をかけ、目線を合わせ、同意を得てから行うことが、すべてのケアの基本です。

第10回:排泄時間(個別ケアの原点)

一律の時間に全員のトイレ誘導を行うことは、職員の都合による介護です。個別の排泄パターン(時間・量・性状)を丁寧に記録し把握することで、その方に合ったタイミングで誘導できます。個別ケアの基本は排泄ケアから始まります。

第11回:ナースコール対応(利用者様からの信号)

「また同じ人から鳴っている」と思わず、すべてのコールに誠実に向き合います。コールに応じることで「来てくれる・聞いてくれる」という安心感が生まれ、それ自体が「不適切なケアを防ぐ最大の盾」になります。

第12回:選択できるサービス(自己決定の尊重)

「今日のお風呂は〇時から入りますよ」という一方的な告知は、選択ではありません。「今日と明日、どちらにしますか?」「お茶とお水、どちらが良いですか?」など、どんな小さなことでも選んでいただく機会を作ることが、自己決定を尊重する介護の姿です。

研修を通じて感じたこと

この冊子を読んだ多くの職員が「自分のことが書かれている」と感じました。「自分では虐待という意識はなかったが、第三者から見れば不快に感じる行動は不適切なケアだ」という気づきが、施設全体に広がりました。

虐待は悪意からだけ生まれるのではなく、「業務優先の慣れ」「余裕のなさ」「チームでの情報共有不足」という日常の積み重ねから生まれます。
「常に相手の立場になって考える」この一言を忘れない限り、虐待の芽は育ちません。

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